2011年06月08日

ショックの連続。。。

お久しぶりです。
もうご存じの人も多いと思いますが、私は、今日本にいます。

ブルキナの情勢不安による治安悪化のため、緊急一時退避で、日本に帰ってきました。

給料や、手当がきちんと払われていないという理由から、軍人たちがデモを起こし、銃などを使い、威嚇発砲したり、店やホテルを襲ったりし、けが人だけでなく、死者も出ています。

日本に一時退避を言われたのは、4月18日のお昼ごろ。
なかなか受け入れることができず、でも、次の日の朝一で、首都に上がらないといけなかったので、2年分の荷物を必死に片付け。。。

協力隊は、よく、最初の1年半は最後の半年のためにあるといわれるくらい、最後の半年は、楽しい時期らしいです。
私も、あと任期5か月で、本当に楽しい時期でした。


それに、何よりもの心残りは、活動のことと、飼っていたにわとりのこと。


来週この絵本を読もうねー!!!と子どもたちとした約束を守れず。。。
先生たちと進めてた、製作のセミナーもやりっぱなし。。。
子どもたちがマークを選んで、ノートに貼るはずだったのに、そのマークすら先生たちに渡せず。。。


日本の子どもたちに、にわとりが卵を産んでひなにかえる様子をどうしても見せたくて飼い始めたにわとり。

ちょうど、4月の初めに卵をうみ、あたため出したところだったのに、写真もとれず、ひながかえるのも見届けることができないまま、帰ることになり。。。


自分ではどうしようもできない現実。

本当に、こんな中途半端で、何もかもやりっぱなしでの帰国。

同僚の先生たちや、子どもたち、2名の警備員といぼじぃや、友だちたちに、申し訳ない気持ちいっぱいでした。


でも、そんな私を、いっぱいいっぱい助けてくれ、支えてくれたのは、ブルキナべでした。

荷造りを手伝ってくれたり、
持って帰れないものを預かってくれたり、
私が時間がなくて、挨拶もできないと、家まで会いに来てくれたり、
手作りプレゼントをくれたり、
お土産買う時間ないだろうと、ブルキナのかわいい布や私が好きだったスンバラ(日本で言う納豆を乾燥させたようなもの)や、ビサップ(ハイビスカス)ジュースなどなどを、買ってプレゼントしてくれたり。。。

本当に、みんなに感謝いっぱいで、もし、任期中に戻ってこれなくても旅行ででも、絶対にブルキナに戻ってくるからねと約束して、任地を後にしました。

4月25日に日本についてからも、電話したり、メールしたりするたびに、
『いつ、戻ってこれるー?』
『軍人が落ち着いてきてるから、きっと、ななは、戻ってこれるよ』と言ってくれるブルキナべ。

そして、5月末から、私が住んでいた町でも、軍人が100人くらい、デモで暴れ、威嚇発砲をしたり、スーパーや、お店を襲ったりし、死者も7名ほど出て、けが人も出てるみたいで、その軍人を納められない政府に不満をもった民衆たちが、さらにデモを起こし、政府の建物などを、燃やしたりしているという情報が入ってきて、いぼじぃを始め、私が住んでいたボボの人が心配になり、電話しました。
すると、自分たちが怖い思いしてるにも関わらず、
『ななのお母さんの病気はどう?』と心配してくれていました。

外務省が定める渡航レベル(危険度を表すもので、1〜4があり、ブルキナは最近までずっと最高の4っでした。)も、私が住んでいたボボは3に下がり、その他の町は2まで下がりました。

一時退避が決まったときから、ブルキナには、短期間でもいいから、戻れると信じていました。

でも、今日、JICAからの連絡で、
軍事基地がある町と、軍事基地を通らないといけない町は、再赴任不可と決定したと連絡がありました・・・
私が住む町には、大きな軍事基地があります。

安全第一で考えた上での選択であり、誰にもどうしようもできないことは分かっているけど。。。

私自身もどこかで戻れると信じてたし、私が戻ってくるとずっと信じてくれていたブルキナべを裏切ったような形になってしまう・・・

まだ、うまく受け入れられていない状態で、本音をいうとやっぱり2年間任期を全うしたかった・・・
ブルキナに戻りたい・・・
posted by ななティ at 22:15| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月30日

外出禁止。。。

最近、ブルキナで起きているデモについて、前回ブログに書きましたが、軍人によるデモが、首都だけでなく、東の都市、西の2つの都市、そして、私が住むボボ・デュラッソでも起きました。。。

威嚇射撃があり、銃声が町に響きます。。。

そして、政府から、21時から朝の6時まで、外出禁止令がでました。

いつもは夜中まで響く家の近くの屋台の音楽もなく、近所の人の話し声もなく、

シーーーーーーーーン・・・

その中で、ちょこちょこ銃声が。

JICAからも、政府からも自宅待機や外出禁止が出たのも今回が初めてで。。。

1日も早く、治安情勢がよくなることを祈るばかりです。。。
posted by ななティ at 00:00| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

〜生きて帰ろう協力隊〜

協力隊のスローガン
  『〜生きて帰ろう協力隊〜』

最近、本当にこの言葉の通りだなと思います。
ニジェールというブルキナのお隣の国が、治安悪化による安全上の理由により、JICAボランティアの撤退をしました。

同期隊員のブログによると、以前から情勢悪化に伴い、色々と制限が大きくなっていたそうですが、最終的にJICA本部の判断によって国外退避が命ぜられ、現地に赴任していた隊員は順次3/21までの間に日本に緊急退避となったとのこと。

リビア情勢や、ニジェールのこと。。。
西アフリカ、中東、どうなっていくのか。。。

アルカイダの影響もあり、治安悪化が理由で、ブルキナファソも北と東(ニジェール側)の町に行くことは、禁止されています。

ブルキナの南側にあるコートジボワールも、何年か前にJICAボランティアは撤退されており、今も、情勢不安定で、ブルキナべいわく、最近続く停電は、その影響だそうです。。。

起きてる時間ずっと停電。。。
懐中電灯の電池もすべて切れ、ろうそくも溶けてなくなり。
やることがなくなり、ソファーでうたた寝。。。
汗だくで、あせもだらけ。。。
今日は、朝8時から、夜の12時まで。今は、夜中の1時半なのですが、またいつ切れるか。。。笑
でも、日本の大変さに比べたら、こんなことは、へのかっぱです。

停電の話で、少しそれてしまったけど、

最近、ブルキナはあちこちでデモが起こり、市役所や警察が壊されたり、焼かれたり。。。
自分の町から出てはいけないと、都市間移動禁止がよくあります。
そして、つい3日前、首都で、政府に不満をもつ軍人たちによる威嚇射撃などもあり、銃声を聞いた人もいるそうで。。。首都にいる人みんな、外出禁止にもなりました。。。

そして、最近頻繁に起こるひったくり。。。
大切な仲間が続けてやられ、少しの怪我で済んだのが不幸中の幸いで、被害にあったもの以上に、その仲間の精神面が心配です。。。
急に、よってこられ、強引に奪われ。。。本当に怖かったと思います。

ブルキナは比較的安全と言われていたものの、最近、いろんなことが続き、

『〜生きて帰ろう協力隊〜』のことばの通り、生きて、無事日本に帰ること。

それがどれだけ大切かと思いました。

日本のみんなもがんばっているので、私もブルキナで精いっぱい頑張ります。
posted by ななティ at 10:25| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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